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東京高等裁判所 昭和51年(う)573号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

〈前略〉

弁護人は当審における訴訟書類の送達が被告人に対する関係で適法性に疑義がある旨主張するので検討すると、本件記録によれば、被告人は浦和地方裁判所が昭和五一年二月五日言渡した有罪判決に対し、同月一六日控訴申立書を原審裁判所に差出して控訴の申立をするとともに弁護人選任届をも提出したので、当裁判所は、記録の送付を待ち、同年三月二四日被告人に対し肩書住居宛に控訴趣意書差出期日通知書を郵便に依り特別送達したが、受取人の転居先不明を理由に同月二七日返送となつたところ、同年四月三〇日付の裁判所書記官作成の電話聴取書、昭和五二年三月一六日付及び昭和五五年七月四日付東京高等検察庁検察官作成の調査報告回答書によれば、被告人は前記住居地に住民登録をしているものの、その所在は不明であつたので、当裁判所は昭和五六年六月四日控訴趣意書差出期日通知書及び第一回公判期日召喚状を被告人の前記住居宛に郵便に依る特別送達をするとともに同月五日同書面を、次いで同年七月八日第二回公判期日召喚状等をいずれも裁判所書記官による書留郵便に付して発送し、その送達をなしたこと(なお、これらの書面はいずれも前同様の理由で返送され、同年五月二五日付で念のため検察官に対し再度所在調査を嘱託したのに対しても同年六月一三日付で前記検察官から前同旨の回答がなされたこと)が明らかである。

判旨ところで、刑訴規則六二条一項前段は、被告人は、書類の送達を受けるため、書面でその住居又は事務所を裁判所に届け出なければならない旨、同項後段は、裁判所の所在地に住居又は事務所を有しないときは、その所在地に住居又は事務所を有する者を送達受取人に選任し、その者と連署した書面でこれを届け出なければならない旨規定しており、その趣旨は、裁判所からする書類の送達を受ける宛先を被告人の意思にかからせ、その意思を裁判所に明確にするために書面による届出を求めているものと考えられ、また右各届出があれば、裁判所からする書類の送達は、他に被告人の住所がある場合にも右届出先になされるべきであり、右条項後段の裁判所所在地の送達受取人の届出がない場合でも右届出になされなければならないものと解される。一方右条項前段の届出を欠くときは刑訴規則六三条一項により直ちに書留郵便に付する送達ができることとされ、しかも同条二項により、この送達は書類を書留郵便に付した時に、これをなしたものとみなされ、その意味で被告人に不利益な送達方法が許されているということができる。そして前示した刑訴規則六二条一項の趣旨、すなわち送達の宛先は被告人の意思が重視され、届出の書面性が必ずしも厳格に要求されていないと考えられることからすると、被告人が裁判所に対して書類の送達を受ける住居等の宛先に関する意思を明確に表示したときは、その宛先は刑訴規則六二条一項前段所定の届出による宛先に当るものと解するのが相当であり、このように解することにより刑訴規則六三条による書留郵便に付する送達を受ける被告人の不利益を回避することができ、またこの解釈が住居等の届出がないからといつて右の送達を直ちには行わない実務の実情の説明にも合致判旨するものと考えられるところ、本件において、被告人は、原審又は当審裁判所のいずれにも書面によつて右届出をしてはいないが、前示のように、自ら署名押印して作成した書面によつて控訴を申し立て、弁護人と連署した選任届をも提出しているのであつて、これら書面に住所の記載はないとしても被告人が原審公判廷で自己の住居として供述し、原判決にもその旨記載された肩書住居が控訴事件の審判に際しても被告人の住居として取り扱われることを当然是認し、むしろこれを希望し、そのことは裁判所にも明らかであつたと認められるから、被告人の右住居は前示刑訴規則六二条一項前段により裁判所に対し届け出られた住居に当ると解せられ、しかも前示のとおり裁判所に対し書類の送達を受けるための住居等を届け出なければならない義務があるのにかかわらず住居変更の届出もなされていないのであるから、被告人に対し裁判所からする書類の送達は肩書住居にあてなされなければならないとともにそれで足りるというべきである。そして刑事手続における書類の送達についても刑訴法五四条により民訴法一七二条が準用されると解され(最高裁判所昭和五二年三月四日第三小法廷決定、刑集三一巻二号六九頁以下参照)、民事訴訟法による通常の送達ができない場合には裁判所書記官により書類を書留郵便に付して、その送達をすることができるのであるから、当裁判所において、被告人に対する控訴趣意書の差出期日の通知、第一回公判期日の召喚通知をいずれも被告人の肩書住居にあて郵便に依る特別送達をし、それが転居先不明で配達できないとして返送されて来たので、さらに右各書面を、次いで前記第二回公判期日の召喚通知等をいずれも右住居にあて裁判所書記官による書留郵便に付して発送し、これを送達した手続は、いずれも適法であり、弁護人の出席した公判廷においてその提出した控訴趣意書に基づいてなされた審理もまた適法であることはいうまでもないから、所論は採用しない。〈以下、省略〉

(千葉和郎 香城敏麿 植村立郎)

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